人は人、自分は自分、というのは、ある意味で心強い言葉だな、と思います。
でも何か人の事でも、心が反応したときは、それはたぶん、人ごとではないんだと思います。
自分が全く関係していないとしても、きっと、人生のどこかで通じるものがあるというか。
例えば、ストーカー(?)とか、迷惑メールに困っている人に悩みの相談をされたとして。その人は、メールを受けとる度に傷つけられたように感じているとして。
相談されるそのときは、たぶん、相談した人と、その対象になった人、両方の立場を眺めることができる機会のように思います。
自分の人生の中に、そういった出来事はなかったか、探してみます。
被害者であった場合、それから、加害者であった場合。
ちょっとしたメールの文章で傷ついたこと。それから傷つけてしまったこと。気持ちを想像するだけでも、いいかもしれません。
そうして、その自分の両方のパターンから、想いを、感じていきます。
両方の想いを、違和感がなくなって、イメージの中で、両方が仲良くなるまで、感じていって。
これを時間のあるときに、一人で地味に、やっています。
そんな風に気持ちを拾っていって晴れたときに、その相談してくれた人からも進展を聞く事があるように思います。
たぶん、みんなが一人一人がんばっているので、私がアドバイスできることは、ほとんどの場合、ないかもしれないのだけど、共感したいと想う気持ちは、昔より増えていったかもしれません^人^。
作品展のことで、優しさについて、考える機会が多かったからかもしれませんね。ありがたいです^人^。


